商店街の跡地に
アスタは生まれました
田無はその中心部を東西に青梅街道が走り、江戸時代から宿場町として栄え、明治になると北多摩地区の人々の生活を支える商業の拠点として発展しました。
昭和30年頃から人口増加に伴う宅地開発が進み、通勤者が居住する住宅都市へと変貌、田無駅前から青梅街道まで続く「田無駅前通商店街」には多くの店舗が並び、近隣からの買い物客でにぎわっていました。
オープン日には
たくさんの人が集まりました
田無駅前を市の表玄関と位置づけるため、昭和40年代に「田無駅北口再開発事業」がスタート。多くの人々の力により1995年にアスタビルが竣工しました。
市民からの公募により、ビルの名称を「明日の素晴らしい街 田無」から「アスタ」と命名しました。
平成7年(1995年)3月10日のアスタビルオープン日には、あいにくの雨天のなか、約3千人のお客様が来店しました。
旧田無市 末木市長、女優の故田中好子さん、ミス東京のほか、関係者によるテープカットが行われました。
オープン後3日間の来店客数は約45万人と盛況でした。
西東京市誕生
平成13年(2001年)1月21日に旧田無市と旧保谷市が合併。
21世紀最初の新設合併により人口約20万人規模の新市西東京市が生まれました。
西東京市いこいの森公園は、東京大学原子核研究所跡地に新市の誕生を記念し整備された約4.4ヘクタールの市内最大規模の市立公園です。
田無駅とひばりが丘駅のほぼ中間に位置しています。
これからもお客様に愛される
アスタでありつづけるため、
進化しつづけます
多くの皆様に愛され、おかげさまでオープン25年を迎えることができました。
オープン当時よりスタートした田無駅前の「イルミネーション」は今では冬の風物詩として定着しております。
また、出店者の皆様にご協力いただき、2018年には3階フロアをリニューアルしました。2019年には地下1階出入口に「アス地下 マルシェ入口スペース」を作り、イベントの開催や休憩スペースとしてご利用いただいております。
これからもお客様に
愛されるアスタでありつづけるため、
進化しつづけます。